田中一村 新たなる全貌 を観に行った。

周りの人々の強い進めで「よっこらしょっ」と重い腰を上げて最終日、田中一村 新たなる全貌を観に行った。

混雑する会場で、ボランティア・スタッフ風の人に聞いたところ「開館時に行なった歌麿展の54,000人を超える入場者数になるのは間違いない(`・ω・´)」との事。

最終日とあって館内は「ヤンヤ、ヤンヤ」の大騒ぎ。

鑑賞(*μ_μ)って雰囲気では無かったが・・・一通り、展示を観て回った。

どうにも私は、日本画に興味を抱く事が無かったので・・・最初は???って感じがした。

私が知っている日本画と言えば会田 誠氏の作品くらいなのだから、日本画の文脈にはなじみが無い。なじみがあれば、もっと多くの発見があった様に思われたのだが(´・ω・`)

現在では会田氏の作品を日本画って言っていいものかどうかも疑問が残る・・・けど。


さてさて、一村展であるけれど・・・なるほど(`・ω・´)勧められたのも納得(*´∇`*)

一村についてはノーマークだったので、今後勉強する事として・・・いろいろと考えさせられる事が多かった。

一村は画家として恵まれた生涯を送った訳でなく、兼業画家として苦労した様子。

幸運に恵まれて画業一本で生活していたら・・・きっと違う作風になったと思う。

生活のために絵を描いたり、大島紬の染色工をやったりと・・・兼業画家として没す。
終に中央画壇に認められぬまま、個展も実現しなかったとの事。

それ故だろうか・・・私には一村が(今風に言えば)グラフィック・デザイナーの様に思えた。

今日であればデザインはMacとか使って行なわれる事が多いのだろうけど・・・一村が生きた時代にあってはデザインも手書きである。一村の使っていた筆などの道具も展示されていたが、お土産の缶に筆を入れた粗末なものであった。

メシのために絵を描く機会も多かった一村の事だから・・・いろんな意味でお金を貰えるだけの力量が必要だったのでは?・・・等と考えてしまうくらい精密な描写をしている。写真よりもリアルな肖像画などもあり、職人としての高い技術に驚かされた。

一村はどんな思いでメシのために絵を描いていたのだろうか?

だからと言う訳ではないけれど・・・一村は(個人的には)画家と言うよりグラフィック・デザイナーと言う印象を持った。

前提として画家よりもグラフィック・デザイナーの方が優れてるとか、劣っているとか・・・そう言うのは無しである。

作品から受ける印象・・・それだけでの極、個人的な感想である。

代表作であるところのアダンの海辺不喰芋と蘇鐵など、作家としての表現も伝わってくるけれど、グラフィック・デザインとしての技術力の高さや画面のバランス等に注意が向かってしまう。

画家として順風満帆であれば、この域に達する事もなかったであろう・・・等と思いつつも、兼業画家としてほとんど無名のままであった一村の生涯を思うと複雑である。

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ファースト・インプレッションとしては上記の通り、観に行って正解である(´∇`)

興味深いのは、決してメジャーで無い一村展に対する関心の高さである。やっと世間が一村に追いついた・・・ってやつか?

一村の生涯を描いた「アダン」と言う映画もあるとの事。機会があったら観てみたい。